昨年のふるさと納税で、オウルテックのワイヤレスイヤホンを手に入れた。Bluetoothの接続の速さを気に入って、移動中には毎日使っていた。両耳にイヤホンを入れると外界の音が聞こえないし、耳に悪いので片耳づつ交互に使っていた。
YouTubeの類を聴き流していたのだが、頭が疲れていると考えたくなくてスマホ中毒になるのだという話を耳にして、説得力を感じた。それで、しばらくイヤホンの使用を止めていたのだが、確かに過去の事ばかりが思い出された。
今年はとにかく引越しが大変だった。大家サイドから、再開発の為の立ち退き要請があったのは2021年の事だ。
そもそも、先代の施術所にも引っ越して来たばかりだった。男の40代はボーナスステージなので、相応しい舞台を用意したかった。中庭に面した一階で、一軒家感があって気に入っていた。
ところが、大家さんが認知症になり、後見人の弁護士がビルを再開発のデベロッパーに売却してしまった。買ったのはセキスイハウスである。ちなみに、ドラマの『地面師たち』が話題だが、モデルとなったのはセキスイハウスが被害者の詐欺事件である。
先方の担当者と交渉を重ねた。将棋がご趣味だという担当者相手に、穴熊をどの様にして破りますか?と小粋な会話が交わされたものである。でも、確かに緩い企業なのかもしれない。担当者の方に、上司の方は当たりの厳しいタイプですか?とお尋ねしたら、そんな事はないですよとお答えになられるので、じゃあ、断っても大丈夫ですね?とコメントしたら、目が合わなくなってしまった。軽いジャブじゃないか。
そんなこんなしているうちに、セキスイハウスは物件を別のデベロッパーに転売した。こちらは戦々恐々である。不動産業界あるあるで、この手の案件はホワイトからグレー、グレーからブラックへと流れる。
案の定だった。マンションの住人たちがなぜか僕のところへ相談に来る始末である。脅されたとの事であった。担当者は関西弁でスキンヘッドのイカつい中年男性である。
それで、その男性とお友達になる事にした。会う度に抱擁を交わして、肩を抱きながら話をしたものである。親しくなると実に可愛げのある方で、親身になってくれた。
住民たちは櫛の歯が抜ける様に去り、結局、僕が最期の住民だった。担当者の方と立ち退きの契約書を交わした際には、御礼を伝えると涙を流して喜んでくれたものである。こちらも感謝しかないな。
既にマンションの解体が始まっていて、物件内はクルド人作業員が歩き回っていた。その中で中年男性2人が熱く抱擁を交わして、1人は涙を流しているという中々の絵面となった。