火曜日『急に具合が悪くなる』を見て来た。冒頭、介護施設の責任者が、ユマニチュードという介護技法に傾倒して、現場との軋轢を起こす描写がある。それを軸に話は展開して行く。
責任者と現場の単純な二項対立にはしない。偏差値高め。双方の背景を描いて、その後の融和まで描く丁寧な脚本だ。融和を直接に言葉では描かないところまで抑制が効いてる。カンヌを獲ったのも納得。
基調低音は左巻きで、資本主義批判が出て来る。関連して、後半、マッサージでコミュニケーションを取る描写が出て来る。ボディワークの描写も含めて尺が長い。これには思うところがあった。
活動家が運動から離脱して、気功をやる事が多かった文脈を踏襲している様に見えるのだ。資本主義批判に身体論が絡んで来るのは定型なんだろうね。社会変革から個人変革に向かって、90年代のオウム事件で冷や水浴びせられる訳だが、それは置いてちょっと納得した。
マッサージやボディワークは身一つで出来るから、確かに資本主義から個人を自由にする方法なのかもしれない。でも、学習する為には資金も時間も要るので、そんなに優しいだけの世界ではない。例えば、クラシックミュージックの学習が典型じゃない。実際には、身体的教養に資本格差が反映される。身体論との紐付けは適切なのだろうか?そんな事を徒然に考えながら観ていた。
ところが、マッサージとボディワークの用途を介護に設定すると、現実から遊離して見えないじゃないか。必然性・社会性を得て、理想主義的なコミューン感・ヒッピー感が脱臭される。身体論が真に輝く舞台はそこだったのか、という驚きがあった。福祉は自分のテーマではないので新鮮。自分からは出て来ない。
