猪八戒のきもち

子どもの頃、スイミングクラブに通っていた頃の話。

送迎バスの車中、運転手のフナコシさんの隣に座って雑談をしていた。何かの話の流れで、自転車にモーターを付けたら良いんじゃないかという話をしたら、彼にバイクがもうあるじゃないかと言われて、それはそうかと納得した事を覚えている。

しかし、後に電動自転車が登場して、やられたと思った。

ところで、スカルプケアのお店が大人気である。51万人の予約待ちだそうな。現代人はとにかく神経が疲れている。実際に頭皮が凝るので、そこをほぐす事には他の場所にはない心地よさがある。

猪八戒のきもちコースでも作ろうか。メディア騒然、5人待ち。

秋にはなんとなくメランコリックになる人が多いけれど、ダウナーになりやすい。神経的な調整を行うと良い時期だ。整体では頭の穴追いといって、頭皮の弛緩部位を押さえる調整を行う。

穴と言っているが、押さえると溝みたいになるので、溝追いの方が実態に近い。神経的な疲労の強い方は、蜂の巣みたいに頭皮に溝が出来る。これを調整すると、スッキリさっぱりだ。自分ではもう随分と受けていない事にも気がついた。

意識上の焦点

人の感覚のおもしろいところだが、腰痛の人が歯痛になると腰の痛みを感じなくなる。ところが、歯痛が治るとまた腰痛を感じる様になる。

人の認知の仕組みはシングルタスクが基本で、同時に複数の事を処理する事には向いていない。

だから、整体の仕事上でのやり取りだが、受付表に症状を20も書く人がいたとする。それはもう数が多過ぎてその場での対応は難しいのだが、優先順位の高いものを3つ選んでくださいとご案内をすると、選ばれなかった症状については軽症化する。

逆に、選んだ症状については強化してしまうのだが、箒で掃いて、1箇所に集めるみたいな意味を持つ。

これは意識上の処理の話であって、自動車事故で全身5箇所骨折してますみたいなご相談については問題の前提がまったく異なるのだが、症状を感じて訴えるのは人なので、意識上の焦点というのは案外に無視できない。

以前、腰痛のご相談でいらした女性がいて腰痛を強く訴えていた。しかし、施術も半ば辺りで、実は鼻が曲がっていてとお話しになるものだから、ちょっと調整をして鏡を見せたら、元の綺麗な顔になりましたという言葉を残してお帰りになるので驚いた事がある。腰痛へのコメントは一切なかったが、スタスタ歩いていた。

本人が一番気にしている事は、簡単には言えないのも確かではあるのだが。

世代論

自分達の世代は就職氷河期世代と呼ばれている。最近、同世代とよく話題になるのは、後10年くらいしたら、就職氷河期世代が社会不安の要因になるかもしれないという話。

所謂、無敵の人問題なのだが、人材派遣会社の方からも、アラフォーで派遣元から断られる機会が増えるという話を伺った。この先、年齢が上がって、いよいよ経済的に煮詰まって来ると碌な事にはならないだろう。杞憂に終われば良いが。

勿論、個人差の方が大きいのだが、世代論から一定の傾向は言える。

仕事をしていてのやり取りなのだが、30代くらいだと、なぜかすみませんが口癖になっている方が多い。本人が悪い訳ではないのに、すみません、腰痛になりましたみたいな感じ。

団塊世代は自己主張が激しいので、同じ症状でも他の世代の2倍くらいの強さで訴える。いつも3割引きくらいで伺う事にしている。

逆に、70代後半から80代になると、遠慮して我慢をする方が多いので、本当に大丈夫ですか?と、施術後の変化を追い掛ける様に気をつけている。

バブル世代には独特のボリューム感への要求を感じる。フルコースでやらないと、満足はしない。損をするのが絶対に嫌みたいな強い意志というか。

団塊ジュニア世代は立ち振る舞いがナチュラル。妙なバイアスを感じない。

20代から30前半くらいの女性の予約の取り方で不思議なのは、空いている時間はありますか?という形式のお問い合わせが多い事。それで、空いている日時を並べてお伝えするのだが、希望日時を指定して頂いた方がやり取りはスマートだ。

その世代の女友達に、どうしてそうした予約の取り方になるのだろうかと尋ねたら、時間を指定するのははしたないという感覚があるという返事があった。なるほど。

ホームページリニューアル

ホームページを夜なべして作り直した。ブログとセットになると、ちょっと文章が浮くので、それに合わせた形になる。

ただ、矛盾する様だが、今の人はほとんどホームページを見ない。実は、名刺以上の意味は持たせていなかったりもする。思い切ってシンプルにして、デザインと操作性だけを改善させた。

この十年ほどでネット環境も随分変わった。そもそも、ネットサーフィンをしなくなった。

ブログも大手プロバイダは撤退しつつあるくらいなので、もう人が集まるメディアではない。唯一流行っているAmebaはブログというよりもSNSに機能が近い様に見える。

しかし、あえてブログである。なんだか性分に合うのだ。人とはもう十分に会っているので、Facebookに交流は求めていない。twitterは魔女裁判の法廷か、ディベート大会の会場の如し。この年でyoutuberデビューは照れ臭い。

今後も書き続けるだろう。

ミスターマリック

今日はミスターマリック氏の事を思い出した。ミスターは敬称だから、これも二重敬語に当たるのだろうか。自分が子どもの頃に流行った手品師だ。

彼は手品とは言わずにハンドパワーと称していたが、正直なのだ。スプーンを曲げるのも、確かに手の力に違いない。

なぜ思い出したのかというと、愛用している銀煙管を落として火皿を曲げたのがきっかけだ。スプーン曲げの要領で形が直らないだろうかと馬鹿な事を考えたのだ。そして、整体式に気を通してみたのだが、無駄な時間を過ごした。

そういえば、清田益明氏もいたな。彼の場合は念力でスプーンを曲げて一世を風靡した。

自分の専門は生物で、人でも犬でも、なんなら魚にだって効く。知らない人が見たら、いかがわしい手かざし療法に見えるだろうが、意外と効くのだ。

まずセンサーとして便利。人力CTとでもいうか。例えば、脳腫瘍のある人の頭蓋の様子を探ると、抵抗として感じる。感覚なので表現は難しいが、そこだけ水圧が高い様な抵抗を感じる。

実は、そんなに難しくもない。健康な人でも、眼精疲労で眼球が固くなっている人ばかりなので、やってみたら良い。後頭部から気を通すつもりでやる。右目と左目のどちらが固いだろうか。事後、顔の方から眼球に触れて答え合わせだ。

ただ、向き不向きはあるので、誰にでも分かるとは言わない。昔日の名人は、座布団を9枚重ねて針の位置を当てたそうな。

煙管は火皿にボールペンを入れて、内側から金槌で叩いたら直った。それでも多少、歪みが気になったので道具を探したら、修正液のサイズがピッタリだった。ハンドパワーだった。

手の小指、足の親指

体の使い方のコツとして、手の小指、足の親指がよく言われる。

どういった意味なのかというと、例えば、雑巾を絞る時に縦に持って絞るのと、横に持って絞るのでは、楽さが違う。縦に持った方が絞りやすい。

この時、縦に持つと小指側が動きの中心になるし、横に持つと親指側を中心に手を動かす事になる。

その際の体の使い方を観察すると、小指を中心に動くと肩が下がって、脇が締まる。逆に、親指を中心にして動くと、今度は肩が上がって力みやすい。そんな訳で手の小指が重要なのだが、何か道具を持った方が効果を体感しやすいかもしれない。

一方、足の親指にはどの様な意味があるのだろうか。間違えやすいのは、親指を力ませる事だろう。膝が固まって、動きにくくなる。むしろ、親指を蝶番的に柔らかく使うと、膝の動きを邪魔しない。実は、これをずっと勘違いしていた。

空手にナイファンチという型があり、瞬発力を養う型だと言われている。しかし、10年以上やっていてサッパリ上達しなかった。膝を抜いて動けと指導されるのだが、ぶきっちょにドタバタ動く癖が治らなかったのだ。これも足の親指を柔らかく使う様になって、かなり改善した。

日本の身体芸能はマニアックな指導をされやすいジャンルだが、それは裸足や足袋で稽古をするからかもしれない。

写ルンです

高校生の頃、弓道部の後輩と道を歩いていた。彼はジャニーズ風のイケメンなのだが、道すがら、なんと他校の女子生徒に写真を撮ってくださいと頼まれた。懐かしの写ルンですである。

マンガみたいな話があるのだ。勿論、僕が撮影役だったので、当然、ピントのズレた写真を撮って差しあげたのであった。

さて、 『人は見た目が9割』がベストセラーになって久しいが、 今日、SNSやinstgramの普及により、ますますその傾向は強まっている。そんな自分も美容の仕事をしているのだが、最近、気がついた。

20代~30代の前半くらいまでの方は顔の造作についてのご依頼が多い傾向がある。一方、その上の世代は顔についてもそうなのだが、体についてのご要望が多い傾向がある。

年代的に自然な気がしなくもないのだが、関心の持ち方を伺っていると、それは年代というよりも世代だと感じる。今の20代が40代になっても、やはり顔の造作についての依頼が多いのではあるまいか。

なにせ写真を撮る頻度が昔とは違う。SNSの有無も違う。見た目の意味も違っているんだろうなあという四方山話であった。

志楽の湯

SPAに行くのが好きなのだが、この数年は志楽の湯ばかり通っている。熊本の黒川温泉をモデルに造られた温泉だそうな。

南武線の矢向駅にあり、自由が丘から行くには武蔵小杉での乗り換えも必要なのだが、手間を掛ける価値がある。

温泉数あれど、体に効く温泉は少ない。しかし、ここのは効く。とにかく疲れが抜けるのだ。都内近郊は黒湯が多いのだが、琥珀色で湯質が柔らかいのが特徴。

思い切って、3日ほど連続で通うとかなり体が変わる。駐車場完備。都心からも電車で30分ほどなので意外と近い。

なぜ他所様の宣伝をしているのだろうかと自問しなくもないのだが、感動したら人に伝えたくなる。

ただ、正直、併設された食堂は良くない。所謂マクロビ料理で、嗜好がないと厳しいはずだ。

帰りは武蔵小杉で途中下車、パンジャビ・ダバに寄るのが習慣。ビリヤニが名物。炊き込みご飯だが、スパイスの味が複雑。オーナーが野心家で、最近、隣のビルにインド式クレープのドーサ専門店を出した。ここも旨い。

観察が8割

整体では、施術は観察が8割と教わる。

前提として、症状と原因を区別して対処に当たる。例えば、腰にトラブルがあったとしても、そこに原因があるとは限らない。頸椎の負担から腰痛が出ていたり、便秘による内臓の緊張を腰痛として感じている様な事がある。

症状の出ている部位を直接に調整すると、悪化させる事もしばしば。負担の掛かりやすい部位に、更に負担を掛ける結果になるからだ。その点、ムラのある柔軟性は危険で、可動性の良い部位は逆に怪我をしやすい。固い部位は動かないので、傷めもしない。

整体の学習は体の観察方法に終始する。当然、上達するほど、異常箇所を見つけるのが上手になる。

ところが、中級者になった辺りでジレンマに陥りやすい。調整箇所が増えて、施術が長時間化するのだ。しかも、それで効果が上がるのかというと、下手な鉄砲百打ちゃ当たるで施術が散漫になり、むしろ、効果も下がる。手数が多いから、何が本当に効いたのかも分からなくなり、ノウハウの蓄積もしにくい。下手になったと悩むのだ。

昨夜の研究会では、そのジレンマを解消する為の方法論がテーマ。問題箇所を幾つか並べて、それに優先順位をつける訓練を行った。

背中が張っているとすぐに手を出したくなるが、そこではない。右肩から腕に掛けての緊張も、違う。お腹の張りも、飛ばす。左内踝の一点の調整を通して、左腸骨の可動をつけたら、それで他の問題箇所も同時に良くなった。整体らしい施術の事例を綺麗に見せられた。この数年間の集大成だと自画自賛。

寝冷え、喉の痛み

先日、うたた寝をして目が覚めたら、喉が痛かった。首を動かしても痛み、ツバキを飲み込んでも痛い。

喉の周辺を調べたら、左首のリンパが見事に腫れている。ついで、左腕にあるリンパ結節を調べたら、同様に腫れている。腋下リンパ、鼠蹊リンパ、膝裏のリンパは無事。リンパ器官の脾臓の弾力を肋骨越しに触れたら、少し固く冷たく感じられる。

腕のリンパ結節をジッと押さえたら、指先まで響く。そこを脈打って来るまで押さえて、息を吸った時にゆっくり放す。左首のリンパに触れたら、柔らかくなっていた。

自己施術を終えて、ツバキを飲み込んでみたら、少しマシだ。首はまだ痛むが、やる事はやった。後は寝るだけだ。

翌朝、目が覚めたら、もう首の痛みはなくなっていた。

施術は新陳代謝を促進する。普段、施術を受けた方からも、翌日に良くなったとのご報告を頂く機会は多い。その間の心配はするだけ損。

施術者のマニュアルにおいては、術後4日目の完成が説かれる。その間は新陳代謝の促進が続くという意味でもある。ただ、今、辛いという人にとっては、知ったことではない話かもしれない。